妻の大病がきっかけ

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●仕事の鬼は、夕食も家庭でとらず●Hさんご夫妻は、東京のM市の一戸建てにお住まいでした。ご主人の定年後は、そこに二人で一生住むつもりだったといいます。ご主人は六十歳の定年で金融関係の仕事を辞められたそうですが、若いときは仕事一筋で、日曜日のほかは、正月も三日間だけしか休まなかったといいます。奥さんの話では、ご主人の現役時代は、それこそ"仕事の鬼"で、普段は優しいのですが、夕飯は必ず外で食べてくるような生活だったと言います。奥さんが待っていて、"折角のご馳走が無駄になるから"といっても連絡一つ入れなかったそうですが、それでも娘さんの「家には電話という便利なものがあるよ」というひとことで、それからは必ず「今日は、夕飯はいらない」と連絡が入るようになったというほどの仕事ぶりでした。

ご主人ってば

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(ご主人)僕は定年後も、もちろん仕事をするつもりでした。我が社に来てくれという話もありましたし、週に数日でもいいから、という電話がしょっちゅう掛かってきたものです。(奥さん)定年になったときも確かに仕事の話はあったんですが、私がどうしても辞めなさいと……。随分と主人に恨まれましたよ。でも、人生いつまでもないからといって、無理やり主人を仕事から"ひきずり下ろした"ようなものです。(ご主人)そりゃ、僕だって多少は残念な気持ちもありましたよ。(奥さん)「主人が定年になって半年ぐらい経ったときでしたか、私が庭の手入れをしていたとき電話がありましてね。主人が出て、"ぼくはこれからは遊びのほうでいくから"と言って仕事の誘いを断るのを聞いて、私は"しめた"と思いました。それでも、主人が仕事を諦めるのには半年も掛かったんです。あなたが一日会社休んだからって会社はつぶれないわよって、私、言うんです。でも主人が定年になった時のことを考えて、私には夢があったんです。それで主人が定年になる二、三年前から、定年になったら仕事は辞めるのよって言っていました。いつまで生きても、遊べる時間は八十歳ぐらいまでが精一杯よ。お金のことは私がなんとでもしておくから、とにかく遊びましょうと機会あるごとに言っていたんです」奥さんにとってみれば、ご主人が定年になるまでは一人で家庭を守って、定年になったら、二人で外国に行って思う存分遊ぼうと考えていたわけです。